大阪なるがベッドに服だけを残し、自室から突如として消えたのは五日前の夜のことだった。
翌朝、部屋のベッドに服だけを残し、なるが居なくなっていることに気付いた両親はすぐに捜索願を出した。
服に血のような赤い液体が付着していたことから、警察も迅速に調査を初め、聞きつけたうさぎを筆頭とした彼女の親友たちも、独自に探しはじめる。
なかでも必死で探したのは海野ぐりおだった。学校を休み、寝ることもなくとにかく探した。彼女に似た女の子を見たと聞けば、どんなに遠くだろうと走って探した。
しかし有力な目撃証言も痕跡もなく、彼女は見付からない。ただただ、時間だけが過ぎた。
海野は疲れきっていた。うさぎと普通にしゃべっていても、魂が飛んで眠ってしまう始末になっていた。
「もういいから、とにかくアンタは一度寝なさい!」
といううさぎの言葉もあり、この夜、ようやく彼は床に就いたのだ。
暫く後、自室で盛大ないびきを立てて眠る海野ぐりおの部屋に、ぽたり、ぽたりと音が響きはじめる。
部屋の天井から雨漏りのように雫が滴り落ちているのだが、方々を走り回り、疲れ切って眠るぐりおが気付くはずもなかった。
やがて、床には大きな水溜りが作られる。暗い部屋のなか月の光を赤く反射するそれが、ふいに大きく波打ったかと思うと、噴水のように赤い液体を吹き上げはじめる。ざざざっと大きな音が立つが、それでも海野に起きる気配はない。
立ちあがった赤い噴水は複雑に形を変えはじめ、やがてそれは人の姿を作り出す。
ウエーブがかかったショートカットを小さなポニーテールにした、高校生ぐらいの少女の形となったそれは、緑の瞳を海野に向け、やさしく声をかけた。
「海野」
「…う、うーん…」
声を出すだけでまったく起きる気配のない彼に苛だち、彼女の声は強くなる。
「起きてよ、海野。…起きなさい!」
途端、海野の目がばちんと開き飛び起きる。
「な、なるちゃん!?」
すぐさま回りを見まわすと、そこには、なるちゃんの形をした赤い影が佇んでいた。
「…な、なる…ちゃん……?」
きょとんとする海野に、なると呼ばれたそれはは笑顔で答えた。
「…うん、なるだよ。」
赤くきらびやかに月の光を反射させながら、彼女は呆然と固まる海野に告白する。
「……私、こんな身体になっちゃったんだ…」
固まったまま、なんの反応も示さない海野に、彼女は続ける。
「ねえ、ほら、見て。全身真赤っかなんだよ。」
くすりと笑いながら、彼女は海野のまえでゆっくりと回ってみせる。
「…おかしいよね、こんなの。」
小さい声で呟き、下を向く彼女。海野はしかし、固まったまま。
「…ねえ。なにか言ってよ、海野ったら!」
思わず海野の肩をつかむなる。と、彼がぶつぶつとなにかを呟いていることに気付く。
「なるちゃんが、なるちゃんが、なるちゃんが僕の部屋に…」
「…なに言ってんの!この馬鹿は!」
ぱこんと、なるはげんこつで海野の頭を叩く。
「…だだだ、だって、夜、男の寝室に、女の子が、入るってことはははは、けけっけけ、結婚!?」
「…は、はぁ?」
突拍子もない発言に、今度はなるが固まる。
「そ、そそっそ、それも、はははははは、裸で、だなんててて。あああ、アタック!?」
あらためて裸だと指摘され、急に恥ずかしくなる彼女をよそにぐりおの発言は走り続ける。
「こっこここ、こんなことを女の子にやややや、やらせたなんててて、せ、せせせ、責任!とらなきゃ!男として幸せに!なる、俺が幸せにしてやる!キャーうれしい海野!一生ついてくわー!大丈夫だまって着いてこいなる!はーかっこいい海野!とかとか!」
「……アンタねぇ。」
暫くなにも言わず聞いていたなるも、ついに頭を抱えこむ。
そして、叫んだ。
「私、こんな身体になっちゃったんだよ!? 全身真赤っかの、どろどろ液体みたいになれる、化け物だよ。」
どろりと、腕を溶かして見せるなる。
「…お嫁になんて、もう、いけないよ…」
震える声を出しながら下を向くなるに、海野は即答する。
「愛があればその程度!」
なるは、そのことばに撃ちぬかれた。
赤い手で、目のあたりを拭うと、なるはぐりおの目をじっと見つめながら聞く。
「…信じて、いいの?」
「…なにを今更。僕が嘘ついたことなんて…まあ、多少はありますけど。これは、本心です!」
彼女の緑色になった瞳をまっすぐに撃ち抜きながら、海野は答える。
「……決めたわ。あんたを、私のものにする。 もう私はあんたを絶対離さない。片時も離さない。ずっと一緒にいる。ずっとずっと一瞬だって離れたくない!」
がばりと、海野を抱き締めるなる。
「…だから、あんたごと私の中に飲み込んでやるわ。…いいわね!海野!」
「…なるちゃん…」
ずぶり、ずぶりと海野の身体がなるの中へと沈みはじめる。海野は抵抗せずに、なるへと身を任せた。