春、その言葉だけで人々は盛り上がったり盛り下がったりするのでは無かろうか。
芽吹きの春、開花の春、花見の春と命の顕現もそうだが、人々にとって第一なのは、まず間違いなく暖かさ、冬の寒気に閉じこめられていた体を解放する陽気だろう。あぁ素晴らしき春風、春一番、春風駘蕩……まぁ、それが花粉症も運ぶ辺り罪もあるか。
兎も角、春が北半球の人間によって嬉しいことは変わりない事実だ。あくまで、人間にとっては。
では……人間でない場合は?
「お~い、さはら、大丈夫か~?……うわ!」
このところ体調の悪化が著しい、友人であり同居人でもあるさはらの見舞いにと、ペットボトル片手に部屋のドアを開いたかなやは、部屋での惨状に耳と尻尾を逆立てつつ驚いていた。
「……ぅぅ……か……なや……さん……?」
彼女の体は、彼女用ウォーターベッドの上から部屋の床面積の半分程まで広がっており、彼女自身の香りである苺の甘い香りが部屋を満たしている。
彼女のコアは部屋の中心からかすか右辺りにあり、そこだけは辛うじて、彼女の胸から上だけは象られてはいる。ただし……輪郭は彼女の意識よろしく朧気だったりするが。
「さはら、本当にどうしたのさ?ただの風邪にしても、今月中盤からずっとこれだよ?そろそろ治ってもいいんじゃないのかい?」
口にしつつ、手に持ったペットボトルの口を開き、さはらの本体に恐る恐る渡すかなや。さはらはそれを受け取ると、ゆっくりと飲み干していく。スライムである彼女は、実際のところ皮膚のどこからでも水分や養分を吸収できるが、流石に掛けたり掛けられたりするのはお互い嫌だそうだ。
「……私も……治したい……です……」
切れ切れの声で喋るさはら。その時、周辺に広がる体の中から幾つかの場所が盛り上がり、さはらと瓜二つの姿を象っていった。その数、本体と合わせて五。
「……わぁ」
いきなり現れたさはらズに少し引いたような声を出すかなやに対し、彼女たちはさはらの声で話しかけていた。
「……でも……」
「……分裂期で……」
「……体力無くて……」
「……そこに風邪が来てしまい……」
「……抵抗が……」
「あぁもぅ!一人一節で喋るな~!早く統一しろ~!」
人格まで完全に分裂しているわけではないので、一節一節をバラバラに口ずさむように話すようになっている。ちょっとしたサラウンド反響空間だ。
「「……は~い……」」
今度は同時に口を揃えての返事。そのまま一つを除いて沈み込むさはらの体。ちょっとしたホラーであるのは間違いない。
沈み終えた後も、完璧に実体を保てるわけではないさはらは、どこかけだるそうにベッドにしがみつきつつ、「ありがとう……ございます……」と一言告げるのだった。
肩を竦めつつ、お大事にと一言ドアを閉めるかなや。早く治すにはどうするべきか、今度医学辞典でも読んでみようかと、彼女なりの頭で考えながら、部屋から遠ざかっていく彼女。
――もしも彼女がこのとき少しでも注意深く耳を澄ましていたら、暫く後に何やらずるりという音が聞こえたかもしれないが、その音は彼女の耳に入る事はなかった。当然かなやはその後、さはらの部屋に気を掛けることも全くなかったのだった……。
(何を……しているん……でしょう)
さはらはぼやけた頭で、自らの行動に問いかけていた。だが、問いかけたところで、彼女の体が止まるわけでもなかった。
人目に付かない草道を、大きく尾を引きながら進んでいくさはら。擬態は辛うじて肩から上が残っている状態で、残りは全て半液体状の形で草を押し倒していったのだった。
ただひたすら、前に、前に。どこを目指しているのか、彼女は分からないままに進んでいた。だが……視界は正常である。そして彼女の頭も……完全に止まっているわけではない。
(……え……?まさか……)
さはらの目に映る景色が夕暮れの草野原から、どこか暗澹たる空気を纏っている空間――荒れ地へと装いを変えていた。さはらの記憶が正しければ、確かこの場所は――自殺者がそれなりに出ている曰く付きの場所であった筈……。
どうしてこんな場所に来たのか、さはら自身は理解していなかった。いや、それは彼女の意識下の話。無意識下では――すでに標的を捉えていた。熱に浮かされたように進む彼女の視線の先……反り立つ崖の下に、彼はいた。俯せになって。
「……ぅぅ……ぅぁぁ……」
「――っ!」
そのあまりにも無惨な外観に、さはらは思わず戦慄と恐怖、そして焦りを覚えた。ぼやけた頭でも、彼に処置をしなければいけないと言うことは十分理解できた。
彼の外観は……恐らく崖から転げたからそうなったのだろうが、全身の皮膚に裂傷及び打撲を負い、両腕両足の骨が砕け、筋繊維も断裂を起こしているようだった。そして……その怪我は脳にまで及んでいる。
彼女のぼやけた理性も、一目見て、彼がもう助からないだろう事は理解できた。自分ではどうすることも出来ない、応急処置と連絡をする事で精一杯、それでも彼を助けるには手遅れだろう事は理解できた。そしてその判断は、無意識下でも同じだった。
――ただし、結論は違っていたが。
「――え!?ちょ、な、何を……!」
応急処置をしなければ、そ考えていたはずのさはらの体は、俯せに倒れている彼の体に、少しずつ覆い被さり始めていた。傷口に彼女の体が触れる度、彼の口からは痛みに呻く声と共に血反吐が吐き出されていく。
この行為に戸惑うのは、体の制御が効かなくなっているさはらだった。私の体は何をしようとしているのか、これじゃ弱った相手を自分の中に取り込もうとするスライムの捕食行動に他ならないのでは――?
「……え?」
さはらのスライムとしての本能が、理性に囁きかけている。この行為の意味と、それによって迎える結末を。
彼女の身体制御を離れて彼を包み込んでいくスライムの体は、触れたそばから衣服を取り込みつつ、皮膚全体に広がっていく。そして……傷口を覆いつつ、その中にゆっくりと体を浸透させていった。
「……ぐ……か……ぁ……?」
再び吐き出される血反吐。だが、彼の表情は恐怖よりも、戸惑いが勝っているようだった。体に入られている感覚はあるが、不思議なことに拒絶する気が全く起こらなかったらしい。傷に触れる痛みも、徐々に収まっているような……?
「……んんんっ……んぅん……っ」
一方のさはらは、他者の体に自らの体を染み込ませていく、スライム族特有の本能的な快感にクラクラしていた。元々熱に浮かされたような状態にはなってこそいたが、この刺激によって徐々に、理性のタガが外れ、本能の進入が防げなくなっていく……。
『このまま助けを呼んでも、彼は絶対助からない。ならば魂ごと体に取り込めば、肉体は兎も角精神は助かるのではないだろうか?』
これが、本能が理性に投げかけた質問である。その答えの判断を下すには、余りに理性が減衰している。
それに彼女は……あの赤い三つ編みをしたメイドのスライムに出会ってから、彼女なりに考えてはいたのだ――『スライムとしての自覚』を。それがどう言うものか……さはらはこの瞬間、一部が繋がった気がした。
「……助けますね……貴方を……」
彼の傷を体で塞ぎつつ、さはらは彼の中に鎮痛作用のある成分を流していく。同時に身体の筋肉を弛緩させる効果もあるが、最早彼に動ける力もないので大したデメリットでもない。
痛覚を麻痺させつつ、さはらは彼の体を自らに繋ぎ合わせていた。腕や脚の神経も浸食し、さはらの一部として再構築した。最早彼の四肢はさはらの物となっていた。
「……ぅ……ぅあぅ……」
神経が浸食され、さはらのものへと変化する度、彼は苦痛とも快感ともつかない喘ぎ声を漏らしていた。痛覚を麻痺させる成分と同時に彼女の体は、快楽神経の過敏化の成分まで流し込んでいた。それが彼の体を巡ってきているのだろう。
血の香りが混ざる彼の吐息、それに甘い響きが混ざり始めたのは気のせいだろうか。甘いのは響きだけでなく、何処か苺のような香りまで……さはらの体が、血管と完全に繋がり、彼の血を吸収しては彼女自身の体を代わりに流れるようにしていたのだ。
血管……さはら管から染み出していく、鎮痛剤と媚薬。じんじんと、包まれている場所がもどかしくなり始める男は、しかし体を動かすことは出来ない。まだ完全な接続が終わっていないのだ。
知らず、さはらに包まれた下半身から、彼の分身がその存在を無意識的に主張し始め、さはらの体を少しずつ貫いていく。
その感触は、さはらにも伝わっていた。生きている肉の持つ熱、暖かみ、その奥でたぎる生命の結晶……彼と繋がりながら、さはらは本能的に、彼の精――生を全て受け入れたいと感じていた。
「……んぁふ……ふぁぁ……んんっ……」
まるで蛞蝓が這い進むように、さはらの体は彼の体全体を覆っていく。覆った場所から彼女は彼と繋がり、治癒力を分け与えつつ同化していく……。
ひくり、ひくりと脈打つ彼のペニス。まるで水に濡れた水着のように腰回りに密着するさはらの体が、敏感になった彼の体を優しく締め上げつつ、蟻の戸渡りや裏筋、菊門の辺りなどを中心にねっとりと擦り上げていた。
「うぅ……うぅぁあ……」
自らの手で慰めるよりも、圧倒的に気持ちいい……彼はさはらの与える股間への刺激を、快楽として認識し、甘い溜息を漏らした。さはらの体は、彼の性感帯と言われる部位を的確に刺激している。特に一物から尻穴にかけてのラインに対して、さはら自身が知るはずもない動きを用いて、文字通り体を使って快楽を与えていた。
ぬじゅ……くにゅ……
まるで舌で舐めるように、一物の裏筋をぬっとりと舐め擽る。時折カリの辺りだけを集中して舐め擽ると、彼の一物は張り裂けるかもしれないほどに膨れ上がり、ぴくん、ぴくくんと脈動を繰り返すのだった。
玉袋に対しては、辺りに生えた毛を全て溶かしてから、毛穴に潜り込ませつつ袋全体を揉み上げている。弛緩した筋肉から力が抜け、彼の体全体はさらにさはらに預けられることになった。同時に、蓄えられた精を放とうとする一物の動きが激しくなった。
剛直が、明らかな熱を持ち始めている……それを体で感じたさはらは――本能的に、〆の動きに入っていた。彼の竿を、陰嚢から、螺旋を描くように局地的にぐるぐると回転させつつ、竿全体を扱きあげていく。まるで蓄えられた精に、在るべき場所を指し示ているかのように、ぬるぬるとした粘体は渦を描き、ぎゅるぎゅると先端に向けて絡み付いていく――!
「ふっ、ぅあぁっ!ああぁああああごぽっ!こほっ……」
彼の体が絶頂を迎え、精がさはらの体内に向けて放たれるのと、ほぼ同時に――彼女の体は、傷ついた彼の脳にようやく行き着いた。
「――~~っ!」
どくんどくんと音を立てて、放たれた精がさはらの中に吸収されていく。同時に、彼自身とさはらとの接続が、より鮮明となっていく。精ごと彼の存在を吸収していく行為、それに彼女の本能は喚起の声をあげ、脳周りの体をさらに彼の頭蓋のように覆い尽くしていた。
「――っはぁ……はぁっ……はぁ……ふぅ……」
自らの脳を蕩けさす程の快楽の中、彼女は脳の中に体を伸ばし始めた。人の脳に触れること、それは以前の彼女なら忌避感を抱いていただろう。いくら助けるのに必要とはいえ、幾らか躊躇したに違いない。
だが……今のさはらに躊躇いはない。あるのは、本能から来る心からの善意と欲求だ。
「……やさしく……してあげますね……」
ずにゅり、と生々しい音を立てて、彼女の赤い体が、彼の脳へと一気に繋がった!
「――!……」
唐突に、自らの存在の内部に入り込む衝撃に、彼は声にならない声をあげた。しかし、その次の瞬間には、特に暴れる様子も、恐怖の表情を浮かべる事もなく、やや虚ろとなった瞳で包まれゆく体を眺めるだけだった。いつの間にか痛みが無くなっていたが、その事に対する反応は、全くなかった。
どことなくむず痒い感覚が、彼の後頭部から走る。何やらぼそぼそと頭の後ろで話されているような、そんな微妙なもどかしさを覚えながら……彼は、自分の体が……上半身だけ動かせることに気付いた。
「……お気付きになられましたかぁ……?」
さはらは頭の中が半生の状態で、戸惑いの感情を伝える彼に対し、彼女自身の香りのような甘い喋り方で彼に話しかけていた。同時に、彼の周りから、分裂したさはら達が、やはり全員半生の表情を浮かべながら、彼の体を抱き締めつつ、赤いスライムの池の中心部に立たせていく。
「あはは~……」
「とまどってるんですかぁ……?」
「ひょっとして怖かったり……?」
「心配ないですよぉ……」
「ほらぁ……力を抜いて……」
さはら達の口からぬっとりとした吐息と共に囁かれる、絡み付くような言葉達。それらはやや呆け気味な彼の心を、柔らかく解き崩していくかのようで……。
さはらの言葉を受け入れたように、彼の体は全身から力を失い、二人のさはらによって前後から支えられる。粘体特有のふよふよした感触が、敏感になった肌に対して快感を投げかけている。
彼の心の中から、疑念が消えていく。さはらの体が、彼の脳の中から苦しみに纏わる感情を一切消していっているかのよう……いや、実際、彼女は本能的にそれを行っていた。違和感を彼が感じない程度にゆっくりと……しかし、確実に。
「うふふ……苦しくなくなってきましたよね……♪んんっ♪……んはぁ……♪」
彼の快楽神経と、今や脳で繋がったさはらは、彼の絶頂の余波に自らも体を震わせた。同時に、堪えられなくなったようにコアのないさはら達も一斉に体を震わせつつ、彼の体に抱きついていく。前後にいたさはらは、半ば溶け合い一体化しながら彼の一物ごと下半身を胸元辺りで飲み込んでいった。そして左右に居たさはら達は――!
「「――んあああああんんんんんんんんっ!」」
――絶頂の勢いのまま彼に抱きつき、触手状になった舌を彼の耳に差し込み、そのまま耳の中を隈無く舐め擽り始めた!
「――!うあああああはああっ!」
耳の中全体を満たす粘体の感触に、彼は驚きの声をあげた!本来は気持ち悪いはずのそれだが、彼の背筋を走るのは悪寒でなく快感だった!
「うふふ……んんっ♪いたくしませんから……んっ♪ずっと気持ちいいままですから……んぁあ♪」
その間にもさはら達の舌は彼の耳全体を満たし、ねっとりとした感触を伝えながら鼓膜へと迫っていく!彼の快感がさはらにフィードバックし、舌を進める度にさはら達も体をガクガクと震えさせていく!そして、鼓膜に体が触れた瞬間――それはあっさりと破れ、舌はさらに奥に侵入していった!
「!!!!!!!!!!」
びゅるぅぅぅぅっ!びゅくっ!びゅるるっ!
「んんんあんああああっ♪」
鼓膜の破れる、その電気が走るような快感が、彼の脳から一物に対して直に走り、精を射出させた!快楽のフィードバックでさはらも喘ぎ、さらに彼女の舌――体を、彼の脳に注ぎ込んでいく!
彼の脳が、さはらとさらに繋がっていく。さはら自身に来るフィードバックもさらに大きくなり、まるで自らが射精しているかのような快楽が、彼女の中に蛇口を捻ったように流れ込んでくる!
「んんんぁああはぁあああああっっ♪」
「んあああああああああっっ♪」
――さはらの絶頂と同時に、彼の体も絶頂を迎えた。完全に、彼と彼女の快楽神経は一体化されてしまったらしい。既に彼の痛覚は全て快楽神経へと変わり、じきにさはらの体に入れ替わるだろうことも、彼の残された頭はそれとなく分かっていた。
示し合わせたように、ゆっくりとさはらと彼は、顔を向け合う。既に互いに瞳の光が定まっていない。互いに見つめつつ、見つめられつつ、実際それは何も映していなかった。ただ目の前の像を捉えているだけ……そして、意識まで結合しつつある今、彼女らのとる行動は……一つだった。
「「――んんんっ♪」」
さはらの本体が、彼に覆い被さるように抱きつきつつ、唇の中に舌を突き入れた!彼はそれを受け入れるかのように口を開き、目を瞑る。
さはらの本体は、彼に抱きついて支えているさはら達と混ざりつつ、彼女自身の体の中に彼を押し倒し、沈めていく。同時に、差し入れた舌を伸ばし広げ、彼の体内に注ぎ込んでいく!いや、注ぎ込むなどと言う甘いものではない。さはらが、彼の中に体を流し込んでいく――!
それを彼は、彼の意のままに受け入れていた。いや――彼の意識は最早さはらの意識。受け入れないはずがなかった。
彼の中にさはらの体が流し込まれる度に、彼の体はビクンビクンと震え、大量の精をさはらの中へと放っていく!
放つ刺激と放たれる刺激、その二つの快感を真っ当に受け、さはらはますます彼の体を……細胞単位で侵食、浸食していく!彼はそれを受け入れるようにさはらの中に腕を伸ばし、粘体を抱き締めていく!
『んんんんんんんんんっ!』
体の中に異質な物質を突き入れられる感覚に、両者は同時に身悶えた。今や彼の体はさはらでもあり、さはらの体は彼でもあった。境界となるはずの皮膚すら、何の役にも立ちはしない。
既にさはらの意識はない。あるのは、さはらの中に眠っていたはずの本能だけだ。それはどこまでも貪欲に彼を求めていた。彼の皮膚、内臓、細胞の一欠片から神経回路の隅々、記憶、感情、そして――魂まで。
端から見れば、安らかな表情で赤いスライムの塊に溺れながら、粘体を抱き締めつつなぶられる男の姿が見える。既にさはらは擬態はおろか人間部分を保つことも殆どままならない。無理もないだろう。彼女にとって、他者の吸収など――それも魂を浸食しての吸収など初めての行為であったのだから。
ぐにゅぐにゅ……ぐにゅるぷ……ぐちゅん……くちゅん……
さはらの体の中で、全身を優しく揉まれながら中にさはらを受け入れる彼。既に彼の皮膚の中身は、さはらの体に入れ替わっていた。骨も、筋肉も、脂肪も――脳すら、全て。
だが、痛みも苦しみもなく、ただ安らかな感情のまま行われたその行為を、果たして誰が止められようか。
『――んあぁぁ……ぁあああっ……んんっ♪』
粘体全体が、ぶるり、と震えると、彼の体……今や残すところ皮膚だけとなったそれが、徐々にさはらの中に溶けていく。まるで糸が解けるように、少しずつ、優しくとろけていく……。
興奮しているさはらの声が響く中、目を閉じて笑顔を浮かべたまま、彼の体はその形を失っていく。
輪郭がぼやけ……。
笑顔らしき物の形が仄かに残り……。
……それも、さはらの体がぐにゅん、と蠢くと、いとも呆気なく消えていった。
「――っはぁ……っはぁ……っぁ……♪」
残されたのはただ、さはらの体に浮かんだ彼の荷物だけ。彼の服も、体も……魂すら、全てさはらの中に取り込んでしまったのだ。
人一人を吸収した快楽の余波にうち震えながら、全身で息をするさはら。既に分裂した体は全部彼女に統合されてしまったらしい。五人――いや、六人分の快感を受けてしまっているのだ。
自分が何をしたのか、理性的に考えたならば、恐らくさはらは錯乱してしまっただろう。けれど、今のさはらにその思考はない。今はただ……本能が与える微睡みの時の如き満足感と快楽の余波に浸るだけだった。
その後、意識が覚醒した後で自らの行いに気付き、ジェラ宅を訪れる事になるのだが――それはまた、別のお話。
春は盛りの季節。特に魔物はその影響を受けやすい。皆さんも、くれぐれもご注意を。
間違っても、死にかけたりなどといったことが無いように……。
fin.