これのつづき。
死の代わりに唐突に出た"取引"という言葉。亜美は顔を上げる。
「……どういうこと?」
「取引です。あの場に居たということは、あなたは敵のひとりでしょう?」
ここに言い逃れは出来ない。亜美の沈黙をジャーマネンは肯定と受け取った。
「ですからもし協力をいただけるのなら、あなたを見逃しましょう」
死を突きつけながらの提案。亜美は即答した。
「断わるわ。このまま殺しなさい、私を」
きっぱりと言い放つと、亜美はドロイドの目を睨みつけた。体を固くしながら、さあ刺せと、私は死など怖くないと目で訴えた。
「虚勢ですね。震えが止まっていませんよ」
「いいから殺しなさい。それとも、出来ないのかしら?」
亜美の質問に、今度はジャーマネンが沈黙する。
「出来ないわね。私を殺してしまえば、あなたは力の供給先を失うことになる。きっと得られないまま消えてしまうことになるでしょう。でも逆に協力すると答えれば、裏切りという黒い意思、強いパワーを得られる。……そういうことでしょう?」
亜美は見透すように睨みつける。ナイフは止まったままだ。ただ、ジャーマネンに焦りはない。
「確かに『はい』という答えでしたら、そのまま殺すつもりでした。裏切りと、また裏切り。後悔しながら息絶えてゆく。さぞかし強い力を与えてくれたことでしょう」
亜美の心中はテストの回答が返ってきたときに似ていた。99%の確信と1%の不安が、99%の満足感と1%の安堵となる、あの瞬間だと思った。
「しかしあなたのロジックには大きな誤りがあります」
言葉の意味がわからない亜美を前に、ジャーマネンは笑って続ける。
「私は死など恐れていないということです。組織にとって得になるのであれば、命など惜しくはありません。そもそも私はそういう『モノ』です」
モノの部分をゆっくりと強調する。事実ジャーマネンはドロイド、兵器として人によって作られた生命だ。
「むしろ拾った命で敵であるあなたと差し違えられるのであれば、それは大戦果です。壊れたはずの兵器が敵によって不完全に修理され、敵陣地で爆発。こちら側にとってはとても愉快なことでしょう」
ジャーマネンの次の言葉を聞くまでもなく、もう亜美は震えを隠せなくなっていた。
「ですから、私があなたを殺さないなんて保証はどこにもありません」
恥ずかしさと、後悔と、恐しさがぐるぐると回る。震えが、汗が止まらない。膝が笑い、今や触手が亜美を支えている。涙が溢れ、脳裏にうさぎの笑顔が現われる。「ごめんね」と、謝罪の言葉が口から出る。今、私はうさぎのためではなく、私の失敗がゆえ、死ぬ。大切なものも守れない、なんて無駄な死。なんの価値もない死。嫌。そんなのでは、死にたくない。死にたくない。
そんな死を回避する叫びが亜美の頭を回転させた。そうだ、私は自分の命が大切だから相手も大切だと、そう考えてしまった。そこが失敗の元だったのだ。人間と同じ感情でロボットが動くわけがないし、だいたいあんな冷たい輝きの邪黒水晶で作られているのよ、ドロイドは。人間とはかけ離れてて当然よ。ドロイドの蝶ネクタイにある邪黒水晶が目に止まり、思わずそれへ悪態をついた。
が、その瞬間、亜美は気付いたのだ。邪黒水晶が成長していないことに。ここまでの経緯で、ドロイドの邪黒水晶は2/3ほどに回復していた。だが、今この瞬間は徐々に小さくなっている。それはドロイドが力を得られていないことを意味していた。
亜美は考える。私は今、自分の失敗を責めている。うさぎたちに責任はないし、今となっては目の前の敵も恨む気になれない。……他者を妬んだり恨んだりではなく、あくまで自分を攻撃するこの感情は、敵の力にならないということか。なら今、私が刺されたとしても同じだ。もし知る前なら少なくとも敵は恨んだろうし、理不尽な怒りだって湧いたかもしれない。なのに伝えることで力が得られる機会がなくなっている。あんな間違いを指摘するメリットがまるでない。
未だナイフは動かなかった。疑問が、亜美の思考をさらに進めていった。結局、間違いを伝えたことで、敵はもう私から力を得られない。それに殺すことが大戦果だとも言っていた。なら、今、力を得ることが出来ない私を生かしている理由はどこなのか。私の利用価値はどこなのか。敵は私になにをさせたいのか。
亜美が問題を解く前に、ジャーマネンは口を開いた。
「ああ、素晴しい……もう冷静に頭を働かせているのですね」
熱っぽい口調で、らんらんとした目が亜美に向けられる。
「命が賭かった状況にも理論を武器にしようとする。それでいて黒い感情も持っている。ああ、見込んだ通り……」
敵に対するものではなく、また見下しているものへの態度でもない。ジャーマネンは弾む声でその答えを聞かせた。
「やはりあなたは闇の道が相応しい」
「……なにを、言っているの」
亜美は自身の状況をそのまま口に出していた。ジャーマネンは顔を近付ける。
「最初から言っているでしょう? 私はあなたに協力して欲しいのです」
「弱点を知ったでしょう? 大丈夫、これからそこを埋める方法を教えます。あなたは完璧な理論を作れるよう成長するのです。闇の力で……」
ナイフがゆっくりと胸から離れたかと思うと、2,3の赤い閃光が走る。衣服が幾つかの布切れへと変わり、はらりと落ちる。自分が一糸纏わぬ姿になったことに気付くと、亜美はここまでの異常な状況でも出すことのなかった悲鳴を上げた。
裸ということは触手が直接肌に触れるということだ。人肌のように暖かい触手はぶよぶよとやわらかく、肌にぴったりと吸いついてくる。それだけでも嫌なのに、さらにぐじゅぐじゅと穢らわしい音を立て、赤い粘液を吐き出しながら体を撫で始める。
巨大な蛞蝓が全身を這い回るも同然の行為に、亜美の悲鳴は止まらない。嫌悪感で涙が出るほどなのに、ジャーマネンは楽しそうに言った。
「ここから先は勧誘です。闇の力の素晴らしさを心ゆくまで教えてさしあげます」
やっと本題に入れますね! ここまで長かったのでエロ頑張ります。たぶん、また明日。
- :ええい、誰も言わないなら俺が言ってやる!いけいけジャーマネンさん!
- 管理人:うおお、ありがとうございます。実は(駄目なのか)と少し凹み気味でした。よかった。安心……。次回は最悪でも2/24中にはなんとか。
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書いた日: 2011/02/22 02:51 カテゴリ:妄想